【盗難】ざまぁみろ!!!~ノルウェーでサヨナラは突然に~
よし、肌寒い風を浴びながら、途方に暮れてみよう。だがしかし、俺の心は暮れない、この太陽のように。真心を込めて、ざまぁみろ。
くっっそ吹いちゃったこれ。
前回
つま先が瀕死状態になりながらもトロルの舌を堪能した僕はペロペロと、ノルウェー第2の都市、ベルゲン(Bergen)へと向かった。
この美しい港町はフィヨルド観光の拠点となる場所。
新鮮な魚がキラキラ光るフィッシュマーケットはいつでも賑わい、可愛らしい三角屋根の木造建築が立ち並ぶブリッゲン(Bryggen)地区は世界遺産にもなっており、たくさんの観光客が集まる。
てやんでぃコラ、昼飯、いやむしろ夜飯の分まで食ったらぁコラ。
ただでさえ高い外食で、観光客向けとなれば更に高い。朝食ビュッフェ付きの宿で朝から腹15分目まで詰め込んでおく。あ〜あ、ひもじいなぁ。
夏のハイシーズンの北欧は長期の節約バックパッカー旅で来るよりも、1週間ほどの単発の旅行で訪れるくらいが丁度良いんだきっと。それは物価がべらぼうに高い場所すべてに当てはまることだけど、とにかくひもじくて惨めな気持ちになるんですよ。
とは言ってもね、レストランで楽しそうに食事する人たちを横目にスカスカのパンをかじっていたその瞬間も、いま振り返ってみれば、愛おしい時間に思えるんですけどね。
さて、滞在は2日間そこそこに、フィヨルド観光はトロルトゥンガだけで満足だし、サクッとヨーロッパの最北を目指すぜっと。バスでガンガン北上だ。
がしかし、すぐにベルゲンを発つことはできなかった。あの日、僕は独り、1万円のホテルで、どんよりした空を見上げながら失意の底にいた。そして、腹を抱えて笑い転げていた。
バスターミナル内、いや、バスの中でのあっという間の出来事。次の目的地、トロンハイム行きの長距離バスでの手続きを終え、"ドライバーの指示に従い"大きなバックパックを自分でトランクに入れ、小さなリュックだけを片手に車内へと入った。整然としたゆったり広めのシートに先進国の貫禄を感じ、更には電源まで備えられていることに歓喜した僕は、パソコンのバッテリーを回復させるべく、"預けた"バックパックに入れていた充電器を取りに車外へ出た。
するとトランクには、どうしてしかし、自分の荷物が見当たらない。他の乗客のものはそのまま。自分で置いたバックパックの場所だけが、空間になっていた。ドライバーが移動させたのだろうと察して聞いてみるも、「I don't know(知らないよ).」の一言。
徐々に心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が吹き出てきた。いや、でも、嘘だろ?だって、荷物を置いてから戻るまで、おそらく2分も経っていないのだ。
しかし、再び置いたはずの空間を見て、すべてを悟った。
そこにあったのは、隣の乗客のカバンに寄り添っていた、紛れもなく僕の物であるペットボトルが一つ。消えたバックのサイドポケットに差し込んでいたもの。バックの中身がパンパンに膨れていたので、乱暴に扱うとペットボトルはスポッと抜けてしまう状況にあった。
誰かが、約25kgと想定外に重かった僕の荷物を担ぐのに苦戦しつつも、慌てて持ち去る様子が、これを見て鮮明に目に浮かんだ。
バスが停車している場所は、乗客でなくとも誰でも自由に行き来できる。やられた。
俺のバックパックが無ぇぞ!盗まれたッ!!!
責任を抱えているはずのドライバーに、そう叫んだ。
でも、どうしてしかし、彼が発した言葉は、儚くも、いや、あろうことか「I don't know.」であった。
悪びれる様子もない態度にぶっ飛ばしたい気持ちだったが、それどころではない。
まだ近くにいるはず。
消えてからほんの数分、しかもかなり重い荷物だから、そう遠くへは行けない。相手がもしも歩きならば。
こめかみを通る血管がピクピクするほどの鼓動が鳴り響く中、目をカッと見開き、自称視力2.0を誇る眼球で周りをグルリと、100m、300、500m先にも視界に入る人間を分析。しかし、それらしき奴はいない。
どこかに隠れているかもしれない、あるいは、でも、車でとっくに去っているかもしれない。
<向こうかな。>
直感だけで闇雲に走って探すのは不毛であることは分かっている。でも、じっとしてはいられない。
あたふたしている間にバスは出発時刻まで数分を切っていた。すぐに乗車をキャンセルし、他の乗客の全員が僕に憐れみの視線を浴びせる中、座席に置いていたリュックをひっ掴み、猛然と出て行った。隣に座っていたおじいさんが何かを僕に発していたが、それどころではない。ドライバーに責任を問い詰めることもできただろうが、それどころではない。
まだ近くにいるはず。
この思いが先行していた僕は、ヒントもなく、直感で、なんとなくあの先を走り、探し、そして息が上がり、疲れ、足を止めた。分かってはいたが、自分で探すなどほぼ不可能であることを、受け入れた。
夏とはいえど涼しいノルウェー。されど汗だくな一人の小さな背中の可哀想な日本人は、バス会社に訴えるも想定内で相手にされず、足取りが重いまま、紹介された警察署へと吸い込まれていった。
「盗まれてからまだ1時間も経っていないんだな?パトロール中の者に連絡をするよ、見つかるかもしれない。明日また、ここへ来きてみてくれ。」
諸々を伝え、若いポリスマンにそう告げられた。期待は、しない。
んで?
警察に知らせて、次にするべき事は何だろうか?
てか、足が寒ぃよ。そりゃそうだ、ビーサンだもの。靴?消えたバックパックに括り付けてた。つまり無い。
すげー汗かいたわ、Tシャツ替えたい。あれ?それもバックパックの中だわ、つまり無い。パンツも無い。
とりあえずアレか、今夜の宿の予約をしないと。ほぉ、案の定、ハイシーズンは安い宿が即行で埋まる。この日で一番安いのは、1万円のホテルだった。ふざけんな、そんなとこに泊まるくらいなら野宿するわ。・・・あれ?テントはバックの中だわ、つまり無い。寝袋も無い。
なんかすべてがめんどくさい。どうでもよくなって、高級中華料理でもむしゃぶり食って豪遊したろか、なんて行動に出ようともした。もちろん高すぎてオエツが漏れ出てやめた。
トドメと言わんばかりに、雨がパラついてくる。えっと、折り畳み傘は、・・・バックの中だわ。つまり無い。
(朝食はパサパサの食パンにカピカピのチーズとハムのサンドと、うっすいオレンジジュース。1万円の宿なんてこちらでは"安宿"なのである。)
渋々そのホテルで僕は独り、どんよりした空をボケ〜っと見上げていた。
・・・でも、あれ?
てかさぁ、ブンコーよ、考えてみ?思い起こしてみ?お前が盗まれたものを、一つ一つ洗い出してみ?
これはまさに不幸中の幸いで、パソコンやカメラ、HDDや写真データ、そしてパスポートなどの貴重品は常に持ち歩くリュックに入れていたので全セーフ。財布はもちろん、クレジットカードの一枚たりとも無傷。更には各国で集めていたポストカードも、なぜかパソコンケースに入れていた。こういったお金には変えられない物ほど失った時の悲しみは大きいだろう。それがこの件では、皆無は皆無。つまりは、盗まれたものはほぼすべて日用品であり、お金で解決できちゃう事案なのだ。
・・・おいおいおい、ちょっと待てよ犯人さんよぉ。アンタさぁ、完全に盗む対象を間違えちゃったろ?
だってよぉ・・・まさに宝箱を開けようとしている感覚なのかもしれないが、申し訳ねぇんだがよ、
・・・なぁ?
臭いだろ?
そらそうだよお前、生乾きの靴下に、生乾きのパンツが2ペア、オマケに片方は股間に原因不明の穴あいってっぜ?工夫すれば脱がなくてもションベンできちゃうよって変なこと言わすなお前。とりあえず御愁傷様な。そもそもよぉ、バック開封前に既に悟ってたんじゃねぇの?なんつったって括り付けられたバンコクで買った600円の生乾きの偽コンバースシューズが既に香ってたろ?合掌な。あとよぉ、右側にテント入ってると思うんだけど、それまだ濡れてっから広げて乾かしといてや。
まず真っ先に思い浮かんだのが、この気の毒極まりない濡れ商品である。あとは諸々、衣服に、タイで買い揃えていたたっぷりの食材。トムヤムクンスープの素を失ったのは痛い。あと特筆すべきは、地球の歩き方北欧、日本の国旗、そして永谷園のお茶漬けという、タイ料理好き、親日家の方にはたまらないラインナップとなっていたのです。盛大なる会心の大ハズレ。
パソコンの充電器と、十徳ナイフが唯一の目玉商品でしょうかね。おめでとう犯人さん。ちなみにそのノースフェイスのバックパック、3千円のパチモンよ。それからオカモトのコンドームも入ってっから、2個な、使ってくれや。
誤算も誤算でしたね、僕を狙ったのが。真心を込めて、ざまぁみろ。
つらかった、苦しい事があると誰かに慰めてもらいたくなっちゃいますよね。これは実の姉による盗まれた旨からの返信メールです。クッソ吹いちゃったわこれ。
ナポレオンを召喚して慰めてくる神業。笑い過ぎてぜんそく出てきちゃった破壊力。
さすが我が姉御ですよ、脱帽ですよ、ネジが2本はずれてる。
ということで、相変わらずの強運が炸裂したのでした。お金で解決できる盗難なんてかすり傷である。むしろ美味し〜いネタだけ吸い取れましたよっと。
だけどもね、また買い揃えればいい話ではあるけど、よりによってノルウェーかよってね、何でもクソ高ぇよってね。まだ2週間前のバンコクでの丸2日も掛けた買い出しの時間がパーだよお前、トムヤムスープかココナッツスープのどちらにしようか迷った15分を返せお前。
治安が良いとされるまさかのノルウェーでの事件。とは言っても、今やヨーロッパ中のどこにでもいるアフリカや中東からの移民や難民。オスロ駅の周辺なんて、黒人だらけで夜とか恐怖ですよ。決め付けるのはよくない事は承知の上だけど、彼らによって治安が乱れているのは世界的に紛れもない事実。
そして実際、世界旅で盗難に遭うなんてのは、もはや時間の問題。
僕の件のように、いくら気を付けていようが限りなく防ぎようのない状況が多々あるのです。保険では決して戻らない命の次に大事な、お金に変えられないモノを、いかに守れるか、それが旅の難しさの一つ。
さて、この大事件での心体的ダメージはほとんど無しだった僕ですが、むしろ旅人として一皮むけましたよ。これを機にミニマリストへと変身を遂げたのです。
物価の高い北欧を抜けるために今、本当に必要なものとは何か。熟考した結果、シャツ、パンツ、歯ブラシ、石鹸、寝袋でした。そこで気付いたんです、これで十分じゃね?と。消えたバックパックの重さは25kg(うち、半分以上が食料)、その後は8kgと、歴然の差。必要最低限の物だけを持つ、軽さゆえのフットワークの軽さに目覚めちゃったわけですね。
こうして旅人としてはもちろん、人間としても明らかに強くなった僕は、改めて、ヨーロッパの最北を目指すのであった。俺の心は暮れないよ、この太陽のように。
ベルゲン滞在が延びた結果、トータル4年半に及んだ旅の中でも、トップクラスに素晴らしい夕日をカメラに収めることができた。365日のあいだ300日が雨と言われるこの場所での、貴重な午後9時の太陽には、バックも盗まれたけど、心も奪われたよってね。
ナポレオンさん、僕がんばりますから。